生活が変わっている影響。意図的に経験の場面を作らないと…

小学校2年生の算数の勉強での一場面。

問題:48円のガムと32円の飴を買います。100円出すとおつりはいくら?

この問題を読んだ子どもからこんな質問が出てきたら、どう思いますか?

「おつりって何ですか?」

それを聞いた大人の頭の上には『?』マークが飛び交うか、思わず、そんな常識的なこともわからないの?っておもってしまうかもしれないし、もしかしたら、こんな会話自体が単なる笑い話の冗談だと思うことでしょう。

この話は、冗談でもなんでもなく、実際の学校の現場であった子どもと先生との会話で、最近SNSに投稿されて話題になっている話の一つです。

でも、冷静になって考えてみるとわからなくはない。

そのSNSの投稿にも書かれているのだが、今の子どもたちは“おつり”という概念が非常に薄いというか、そもそもない子が多い。それは、キャッシュレス決裁が社会生活に浸透し、その傾向はこのコロナ禍で一気に加速しているから、支払いはカードやスマホでするものだと思っている子どもたちが多いことも理由の一つとして考えられるし、スーパーなどでのレジの支払いでも自動支払機にお金を投入すると自動で“おつり”が出てくる仕組みが増えてきた。そこに人と人との会話が無くなり、定員さんの「おつりは○○円になります。」なんて言葉を聞く機会もどんどん減ってきていることも理由として考えられるだろう。

いずれにせよ、昔人間である我々大人から見ると、普段の生活の中で自然に身に付いていたはずの言葉や常識が、今の子どもたちにとって自然に身に付くだけの環境や状況が身の回りからどんどんなくなっていることで子どもたちの学びが減っていることは間違いない。というより、社会の在り方が変化し、そちらの方向にシフトしているのだから、学びそのものが変わっていく必要があるということだと思う。

だからこそ、そういったことを子どもたちに学ばせたいと思うなら、意図的にそういった経験の場や学びに触れられる場を設定しないと自然に学びを得ることが難しくなっている。

ただ、それが社会の実態であるのだから、問題も含めた学びの方が変化していく必要性があるのだろう。例えば、最初に示した問題もそう遠くない日に変化するのかもしれない。

問題:100円チャージされたカードで48円のガムと32円の飴を買います。支払い後の残高はいくら?

教育現場でも、いろいろ考え、変わらないといけないですね。

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