教育に関心のない国・日本の現実

本ブログの内容も新型コロナウイルス関連の内容を離れたいと思いつつ、連日起こる様々な社会生活の変化と教育現場への影響、それに関するいろいろな意見を目の当たりにすると、どうしてもその話題を避けて通れなくなる。実際、生活の中でも大人が2人以上集まると、必然的に新型コラウイルスとその対応問題に関する話になる。

そんな中で、

<入試の公平性や教育の格差は大問題になるのに、一斉休校で教育の機会が失われることには異論を唱えない。日本は終わった>

なんて書き出しから始まるコラムが目に留まり、読んでみた。思わず、大きくうなずかずにはいられなかった。

Newsweek日本版配信の記事。そのタイトルはもっと興味深い言葉が並んでいる。

一斉休校でわかった日本人のレベルの低さ

厳しい言葉ですが、コラムを読むと、この筆者がこういった表現をしたことも伝えたかった内容もとても分かりやすく書かれています。コラム全文に関しては、上記タイトルのリンクから是非読んでみていただきたい。ここでは、一部だけ抜粋して引用させていただきながら、少し私見を述べさせていただきたいと思います。

全国の小中高校の一斉休校という決定の報道を受け、各ご家庭は休校開始後の日々の生活に憂い、それぞれの立場で子どもたちが安全に過ごせるようにするための場所や方法を求めると同時に、自分たちの社会人としての仕事の在り方、これからの時間の中での働き方について、いろんな反応があったことはみなさんご存知の通りです。それ自体は、すごくあたり前のことであり、日本人らしいと言えば、日本人らしい反応。ただ、そこに日本の問題があるのだということをコラムの中でこのように書かれています。

【親が働きに行けないことが問題ではない】
しかしそれよりも、親が働きにいけない、という人々の反発の方が何倍も誤っており、これが日本が終わりであることを明示している。

ここで本当に大事なのは、一斉休校によって子供たちの教育がおろそかになることだ。

卒業や単位、進学について問題が生じないようにすると官邸は言う。そんなことは二の次だ。重要なのは、教育そのものがおろそかになることだ。

たしかにその通りだ。子どもたちの安全・安心が最重要課題であることは否定しないし、教育はその上になっり立つものであるため、優先順位として今回のように学習以前に休校という措置も致し方ない部分もある。

ただ、それに対して、そこに異を唱える大人が少ないという日本の現状が問題なのだと声高に述べている。また、そこに危機感を感じている大人が少ないことも大きな問題なのだろう。

そんな日本の実状がこの一言に凝縮されている気がする。

日本は教育の中身に関心のない国なのである。これが、今回の休校要請騒ぎで明らかになった。

大切なのは、形骸化し、表面を取り繕っているだけのような感じがする教育ではなく、その中身。子どもたちが、何を学び、どれだけ成長を、どんな大人になって社会に飛び出せるか?それが一番大切であり、それがきちんと機能した先に日本の繁栄もあるのだと思う。

日本人の勤勉さの上に、教育に関心を持ち、子どもたちの教育に真剣に取り組んだ時代こそが日本の高度成長の基盤にあり、日本が世界と肩を並べることができた要因であり、逆に、今、それがどんどん下降傾向にあるのが、この筆者の言葉に凝縮された日本の現実ということですね。

日本はどこに向かうのでしょうか?

日本の迷走はいつ終わることができるのでしょうか?

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