百不知百不会

「何も知らなくていいんです」

なんにも知らない、なんにもわからないという風に見えますが、禅語では「なんでも知っているとか、なんにも知らないとか、そんなことは超越した人」という意味です。
世の中、頭のいい人が幸せになるとは限らない。経験を積んだからなんでもうまくいくとも限らない。頭がいいと先回りして臆病になるし、経験を活かそうとすると前例に捕らわれる。だから世の中、頭脳や経験に関係なくうまくいくことが大分あります。
知らないということに、コンプレックスを持たないこと。わからないということを隠さないこと。これがよっぽど重要です。知らないことは素直に聞けば教えてくれます。わからないことは調べればよいのです。それより、その知識こそどうでもいいことかもしれません。知らないと恥をかくとか、常識だとか、勝手に作り上げていませんか?
知らない人より、知ったかぶりをする人がカッコ悪いですよ。

『百不知百不会』=「ひゃくふちひゃくふえ」と読むのだそうです。
教室で少し時間に余裕があり、久々に禅語の本を開いてみました。
なんとなくパラパラめくりながら読んでいたんだけど、気が付くと何度も開くこのページ。
読んでいて、今の自分に必要なことを伝えてくれているような気がしました。
新しい環境で仕事をするようになったり、新しい子供たちと一緒に勉強するようになる中で、事ある毎に“自分が何も知らない”ということを思い知らされます。
そんなときにどうすればいいのか?ということも自分なりにはわかっているつもりです。
もちろん、この教えに書かれていることはすごくよく分かります。
けど…。
『調べる』ということはいくらでもできます。でも、『聞く』ということが、歳を重ねる度にどんどん難しくなるというか、恥ずかしくなり、なかなか素直に聞けなくなってる気がします。
それが結果的には自分の首を絞めることになるということも重々わかっているので、下手なプライドは捨てて、わからないことをきちんとわからないと認めるようにはしています。
でも、もっともっとできるようにならないといけないってことなんだろうなって思う。
まだまだ人間が小さいってことなんだろうな…。
もっといろんな意味で大きな人間にならないと……。

-代表者ブログ, 禅の教え

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