勉強をする(問題を解く)にあたってのゴールはどこを目指すべきか?
決して答えは一つじゃないし、単なる言葉の解釈になってしまう話かもしれませんが、Selfishで考える方向性というか目指すべき目標を子どもたちにどう伝えたいかということについて。
この「わかる」「できる」ということの評価関係と基本的な考え方については、2006年11月18日本ブログ(『「わかる」と「できる」はどっちが大事!?』)に書いているので、またそちらもご参照ください。
今回の話は、具体的に勉強しているときの子どもたちの様子がメイン。
子どもたちにとっては学校の宿題や学習場面でやっているプリント等は少しでも早く終わらせることが目標(目的)になりがち。特に一定量を終わらせることがゴールとなっている場合、子どもたちは必ず「できた!!」と言って終わろうとする。
そこがゴールだからできない問題に関しては自分でじっくり考えようとしなくて、すぐに「教えてください。」とか「わかりません。」と言って正解を求めようとする。質問できること、聞けること自体は決して悪いことではないが、それがプリントを100点にするためとなると話は違う。
もっとひどい場合は、答えを写してしまうなんてことまでやってしまうこともある。これなんか完全に宿題というミッションが「できた」だけであって勉強として「わかった」わけではないことは誰が考えてもわかること。
勉強のゴールを量とするから起こる弊害。「これだけ終わったら終わっていいよ。」というやり方はよろしくない場合が多い。もちろん、子どもたちは一人ひとり性格や考え方が違うからすべての子がそれに当てはまるわけではないが、総じてそういった場合が多い。
だからこそ、時間をゴールとして、勉強本来の目的をきちんとこなすことを重要視したい。1時間で10問の答えを書くことが「できた」ではなく、じっくりやって1時間でたった1問でも「わかった」を大切にすることこそが勉強を教える上で外せない要素だと思うし、そのことをきちんと子どもたちにもわかって勉強してもらいたい。
子どもらに 言わせてみせよう 「わかったぞ!!」