子どもの進路は『いつ』『誰』が考えるべきなのか?

とうとう公教育までもがここに至るのか…。

私立の学校が幼児教育から大学まで一貫した(単なるエスカレーター?)教育を行なっているケースはたくさんあるが、とうとう公立の学校がそこに踏み込むという情報を知って少し驚いた。

アーバン ライフ メトロという東京の情報を発信しているサイトに出ていた

東京都が公立「小中高一貫校」開校の衝撃 開始は2年後、12年間の「国際人育成」目標は吉と出るか凶と出るか

というタイトルの記事。

一貫教育そのものがもたらす効果自体は、より長い時間、継続して一貫した教育が行なえ、なおかつ、一つの取り組みに対しての時限を流動的にできるため、小学校6年間、中学校3年間、高校3年間という一つひとつの区切りを超えて取り組めることが増えるため子どもたちの可能性を伸ばすという意味では非常にいいことだと思います。

ただ、中学受験に対してもどちらかとういうと否定的に捉えているため、それがさらに年齢が下がって小学受験となるとやっぱり諸手を挙げて肯定する気にはなれません。

その一番の理由は、子どもたちの進路を決めるに際して、『いつ』『誰』が決めるのかという点において、どの程度本人の意思が介在しているのかという点が一番大きな疑問点。中学受験ですら、12歳の子が自分の意思を示し切れていないと感じられるのに、小学受験となると…。

今回、この時期を見てもう一つ気になったことは、こういった教育が私立で行なわれ、ご家庭の判断でそこを選択することは自由選択であると思えるが、公立でこれを行なうとなると、公教育の公平性という観点からも他の公立校との差などいろいろ考えることも必要だし、意見も出てくるだろうという点。

もちろん、今回の取り組みはある種のテストケースであり、そこからの結果を受けて公教育全体が一貫校を視野に入れたり、小学校(6年)中学校(3年)の義務教育そのものの年数や年限を見直したりされるのであろうが、いずれにせよ、そこまでの大きな変革を実施するとなると、今回の新型コロナウイルスの影響で9月入学が検討はされたものの、一律に変更することの難しさ等から見合されたように、かなりの負担が想定されるので、簡単には動かないだろう。そうなると、今回の「小中高一貫校」のようなケースも、「こんな学校もあるよ。」的な特殊なケースに留まってしまうのだろうと思わずにはいられない。もちろん、実績やその検証がなされるためには少なくとも12年、ケース検証まで含めたら少なくとも15年以上の時間は必要だと考えると、今の時点で検討すること自体がまったく意味をなさないことになる。

いずれにせよ、いろんな意味で改革の必要性が高い教育界ではあるが、その方向性を見誤り、子どもたちの意志の介在しない進路選択があたり前になるようなことだけは避けて欲しいものだと切に願う。

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