遺跡と戦争の爪痕

『大仙(大山)古墳』

という名前でピンッとくる人は、比較的若い世代かな?この名前を聞いてもピンッと来ない人も

『仁徳天皇陵古墳』

という名前なら、「あぁ~、中学校の社会の歴史で習った!!(気がする。笑)」って人も多いんじゃないでしょうか?自分もそっちで習った年代なので、その方がしっくりきます。

もちろん、言わずと知れた国内で最大規模の前方後円墳の遺跡。去年の7月には、この古墳を含む大阪府南部の「百舌鳥(もず)・古市古墳群」として世界文化遺産への登録が決定されたことで話題になったので、そちらをよく覚えている方も多いのではないでしょうか?

そんな古墳で行われた発掘調査で、学芸員の方が「まさかそんなものが…」と思うような物が発見されたとの記事。それは第二次世界大戦中にアメリカ軍によって投下された焼夷弾の不発弾。

この地域は今から75年前のちょうど今日、7月10日にアメリカ軍によって大規模な空襲、堺大空襲(第6回大阪大空襲)が行なわれ、多くの犠牲者が出たそうで、その際の物だと見られているとのこと。

5世紀の前期から中期の頃の歴史遺産から、戦争時代の爪痕がこうして発見されることは、地元の人たちにとっても、日本全体にとってもいろんな意味で歴史を垣間見たり、紐解くための大切な資料になるのは間違いこと。そこからわかることが、また新たな歴史の真実を知るきっかけになることでしょう。

こういった話に触れる際にいつも言うことですが、こんな記事に触れることがきっかけで興味を持って学んでくれたり、歴史を学ぶことが好きになってくれる子どもたちが一人でも増えるとうれしいこと。

75年経った今日、地元の人々とともに悠久の歴史に思いを馳せながら、史実を一つ学びました。

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