『相対化』や『失敗体験』の必要性

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週プレNEWSの記事を読み、「そうそう!!」と納得しつつ、その内容と教育との関係性について感じたことを少々。

記事のタイトルは

キーワードは「相対化」と「失敗体験」。承認欲求は厄介だが、上手にコントロールできる!

というもの。詳細につきましては上記タイトルにリンクを貼っておりますので、そちらからお読みください。

この記事自体は、新人を中心とした社会人向けのものであり、大人を対象とした内容であります。記事の内容自体も非常にわかりやすいし、非常に納得できます。また、その根拠となる日本における文化的な側面や国民性、そして社会の構造といった内容も、自分が日本人として生き、あたり前だと感じていることに起因しているという、ある種、仕方のない部分として受け入れつつも、そこからの脱却の必要性を感じる部分としてとても勉強になりながら、読みました。

私のことをよく知る人からは「あなたには関係ない話じゃないの?」って言われそうですが…。笑

でも、読みながら一番感じたのは、この内容が本当に社会で生きる大人にとって必要な感じ方や価値観、対応の仕方やまわりの受け入れ方等のものなのかな?ってこと。

自分と他者や周囲との関係性を『相対化』して捉え、承認欲求に大きく左右されることのないような生き方を身に付けるであるとか、『失敗体験』を通して柔軟な考え方を身に付けるなんてことは、本来であれば、社会に出るまでにやっておきたいこと。すなわち、教育の段階で行なわれ、身に付けておくべきであると考えます。

実際のところ、そこが教育の段階(社会に出る前の段階)でしっかりできていないから、こういった議論につながる材料になっているのであろうし、社会に出て困っている人たちが多くなっているのだと思います。

そもそも、教育の段階、それも比較的早い段階でそういった力を子どもたちに身に付けさせてあげることができれば、子ども自身の成長もさらに大きなものにつなげることができると思います。

教育の在り方であったり、教育の担うべき役割であったりといった大事な部分と求められると社会につながるために求められる必要な力との関係性について考えるいいきっかけになりました。

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