「善い行いをいいふらすな」
善い行いとは不思議なもの。人知れず行っていると、自分の心が「無心」に慣れていきます。善い行いは心を静香に満たしてくれます。
善い行いをした報いを功徳と言いますが、下心あっての行いには功徳はありません。功徳を重ねることは功徳を重ねていないことと同じだと、無心で行うことが肝心なのです。だから功徳は無功徳。ともすれば何もしなかったかもしれないその瞬間を、善い行いに向かわせてくれたチャンスに感謝。
善い行いは、諸刃の剣でもあります。なぜなら、善い行いに打算があって、人に知らせたり、見返りを求めたりすればいっぺんに色褪せ、功徳ではなくなってしまいます。命を救ったことも、席を空けたことも、誰にも知らせず、黙ってやりましょう。そうすることで、あなたの今日からの善い行いは、清々しい無心を得ることができます。
『無功徳』=「むくどく」と読むのだそうです。
まぁ、いろいろあって、ここ数日ちょっと気持ちが落ち着かない日々を過ごしていました。
わかる人には何が原因かということはわかっちゃうと思いますが…。(苦笑)
自分の行動、考え方、対応が正しいのか?それとも間違っているのか?
結局、その答えは正しいと言えば正しいし、間違っていると言えば間違っているということも自分ではよくわかっているつもりです。
なにより、自分自身が人間が小さいので、取るに足らないようなことで勝手に心を乱し、勝手にバタバタしているだけだということもよくわかっています。
ちょっと何か言葉をもらって少し気持ちを静めたいなと思っていつものように禅の本を開きました。
パラパラと捲っていたら、この言葉のところで目が留まりました。
この言葉によって、自分自身の中で2つのことに対して気持ちを整理することができ、改めて自分の気持ちを偽ることなく、自分の信じる道を真っ直ぐ進もうと思えたことに感謝しています。
『無功徳』の気持ちを大事にしながらがんばります。
すべてを許せるほどの人間には、まだまだなれそうにありませんが…。(笑)