お金が先か教育が先か?

文部科学省と財務省による教育現場のあり方に関する方向性の相違が浮き彫りになり、昨日今日といろんな形でニュースに取り上げられている。日本の縦割り行政の弊害がそのまま表出し、また教育界に影響を与えるような形になっている。

発端は、財務省の試算。全国に約3万ある公立小中学校をすべて標準的な規模に統廃合すること、現状よりも5462校少ない2万5158校にでき、その学校数で必要な教員数は小学校だけで今より約1万8千人少なくできるという。そして、その試算をもとに文部科学省に来年度予算案における教員の定員削減と人件費抑制を求めていくというのだ。

加えて、財務省は現在公立小学校1年生で導入されている35人学級を2015年度から再び40人学級に戻すよう要請する方針も打ち出している。

もちろん、これに対して文部科学省も黙ってはいない。財務省の求める要求は「教員の負担増や子どもの教育環境の悪化につながる」と反発をしてはいるが、落としどころの難しい問題であることは間違いない。

国の財政も絡む中での方向性を出すことは決して簡単なことではないことはよくわかるし、それぞれが自分たちの立場でものを言っているのはある意味あたり前のこと。だからこその縦割り行政であり、そこからくる弊害が各省庁で起こるのも至極当然のことだ。

この教育の問題にしても、教育サイドの人間としては「財務省、何言ってんの!?!?」ってのが本音だが、そうは言っても予算がなければ何事もできないということもよくわかる。

お金が先か教育が先か?

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単純な問題だが、個人的には答えは見えていると思う。

戦後、資源の無い小さな島国にしか過ぎない日本が、世界の経済大国と呼ばれるまでに成長した高度経済成長の背景に、団塊の世代と呼ばれる人たちの努力があったことはもちろん、そこには教育による日本の復興への誓いがあったのではないか?

その当時、お金があったかと聞かれれば「No」という答えの時代。それでも子どもたちにきちんとした教育を施した。お金がないからと教育を諦めたりすることなく、お金がなくても未来のために教育を行なったきた。だから豊かな日本ができたのだ。

その時代を直接知らない世代の人間がこんなことを言うのはおかしいかもしれないし、正しくない部分もたくさんあるのかもしれない。でも、そう思い、そう信じたい。

現在、途上国と呼ばれている国々は、国も人々も貧しい。でも、だからと言って、教育をないがしろにはしていない。むしろ、積極的に子どもたちの教育に力を注いでいると聞く。昔の日本がそうであったように…。

“今”を見ることも大事なことだし、国や人々の生活を成り立たせる根底にお金が必要であるということはよくわかるが、“5年後、10年後”の未来の日本をどう描くかということにこそ、本当の意味での日本の未来があるのではないか?そして、その根幹をなすものこそ教育であると信じている。

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