何かを我慢する努力よりも、新しいことを工夫してみること

コロナ禍の今のこの世の中。いろんな意味で我慢を強いられることが多くなっています。それは、我慢という言葉が示す通り、自分の気持ちであったり、行動であったりを抑制しなければいけないというわけですが、そこから生まれるストレスもまた、軽視できるようなものではなく、今のこの世の中を生きていく上で大きな課題の一つだと思います。

今日のブログのタイトルである

『何かを我慢する努力よりも、新しいことを工夫してみること』

というのは、今、この瞬間に驚くような生活を送っている方の紹介記事の中で、このニュースを見た慶応大学の特任准教授の方のコメントとして紹介されている言葉です。ある種、あたり前であり、特別な言葉というわけではないのですが、現在の閉塞感に苛まれている社会での生活の中で、みんなで今一度思い出したい、大事なことを教えてくれているような気がしました。

元の記事は以下のタイトルのリンクからお読みになってみてください。

西アフリカ新婚旅行中、コロナ禍で帰れなくなった夫婦が“五輪大使”に 若新雄純氏「人生を変えるのは努力ではなく工夫」
(※ニュース【ABEMA TIMES】の記事より引用。)


(※画像は、この記事の主人公のお二人のTwitter『クレイジーハネムーン』より引用。このTwitterもメッチャおもしろくて刺激的で、すぐにフォローしちゃいました。笑)

また、この記事の中で、前述の慶応大大学の特任准教授の方がこうもおっしゃられています。

「学校の教育で『工夫しよう』と言われてきた人は少ない。『努力しよう』はよく言われるが、片岡さんは我慢や努力ではなく『視点を変えてみよう』と、この環境でも楽しめるポジティブな面があって上手に工夫ができている」

簡単に言えば、発想の転換。とは言え、それが一番難しく、誰しもが簡単にできることではないから、人はみんな、悩み、苦しみ、もがいているんだと思います。それが学校教育の現場で、子どもたちに『努力しよう』という言葉で子どもたちに伝えられ、『工夫しよう』と言われてきた人は少ないということに起因している部分があるという考え方も非常に響きました。

もちろん、工夫すること、発想を変えてみることを子どもたちに伝え、身に付けて欲しいと願っている先生方もたくさんいらっしゃると思います。でも、まず『努力しよう』と伝えている場面が多いこともまた、間違いないのないこと。そういった教育をずっと受け続けていると、人の思考はどうしてもそちらの傾向が強くなると思います。そして、そこから脱却することが難しいことも必定だと思います。

たしかに努力することが大事です。だから、『努力しよう』という教育が悪いというわけではありません。

大事なことは、その努力をする方向性。我慢をすることに努力を向けるのではなく、新しいことを工夫してみることに最大限の努力をすること。そうすれば、そこから拓ける未来がきっとある。

地球のほぼ裏側から、日本まで届いた素敵なカップルの生き方は、コロナ禍で苦しむ全世界に向けての大切なメッセージのような気がします。

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