「本当にそうなの?」双方向で考えられるようになりたいもので…。

『裏切る』

耳にしたとき、どちらかというと、いい意味で捉えることの方が少ない言葉。でも、自分の気持ちの中で、時折、つい使ってしまっている言葉です。

今さらながらその意味を辞書で調べてみると

【裏切る】
1.味方に背いて敵方につく。
2.約束・信義・期待などに反する。
(デジタル大辞泉より)

1.について言えば、敵味方という関係性の中で起こる行為として考えた場合、この言葉の持つ悪いイメージはそのままであり、行為を受けた側から言えば、その事実と認識以外の感情であったり、解釈であったりというものは考えにくいとは思います。もちろん、その行為を行なった当事者で言えば、その人なりの正義や信念があっての行動であるという一面も考えられますが、ここではその点は考えず、純粋に言葉の意味として考えさせてもらっています。

これに対して、2.について言えば、一方的な解釈だけでその言葉を使用することや一つの関係性を表現することは非常に難しいと思います。

この言葉の意味にもあるように、約束、信義、期待といったものは、1.の解釈の時に書いた“敵”か“味方”という第三者から見ても明確な二者択一の関係性で考えること難しく、また、それは双方の関係性の中で成立するものですが、常にその思いの部分の大きさや重要度などが同等であるとは限らないし、時と場合によって変化することもある関係性でもあると思います。

すなわち、この関係性においては、双方にそれぞれの立場や思いがあるのだから、一つの行動に対してどちらか一方からのベクトルのみをもってそれを裏切りだと決めるなんてできるはずもなく、双方向のベクトルで考え、対応を考える必要があると思います。

仮にAとBという二人の人間がいたら、Aの行動に対してBは裏切ったと感じるかもしれないが、Aにとっては裏切りでもなんでもなく、自分の信念に基いての行動に他ならない。もっと言えば、Aにとっては、その行動をしないことは、自分自身の信念を曲げること、それは自分を裏切ることになるので、そうならないために自分の考え得る最善の行動をとった結果のもの。もしかしたら、Bの立場からしてみれば、理解してくれていると思っていた人が理解を示してくれないことを裏切られたと感じているかもしれません。

そう考えると、約束、信義、期待といった双方向の関係性そのものがある意味、不安定要素を含んだ中で、その行動の本質を判断するには双方向で考えるようにしないといい解決策にも辿り着けないと思います。

自分が考えを巡らせるときに、自分主体となってしまうことはあたり前のこと。でも、だからこそ、逆のベクトルからも考えられるようになれば、きっといい関係性が築けるようなり、最終的にいい結果へと結び付くことになると思います。

「本当にそうなの?」

一度落ち着いて、自分に問いかけられるようにがんばりたいですね。

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