「やって見せる」と「見て学ばせる」の違い

「えっ?どっちも見てるだけじゃないの?」

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タイトルを一瞬見ただけでは「それって違うの?」ってちょっと疑問に思ってしまうようなコラムに遭遇。もちろん、そんな気になる内容は速攻で読んでみるべし!!

正直、さらっと1回読んだだけではわかりにくかったのですが、きちんと理解しようと読んでみると概要はこんな感じでした。

「やって見せる」場合、教える人は、比較的明確に「出来るようになって欲しいこと」を持っていて、そのフォーカスが絞られています。それを相手の前で実践して見せ、その後相手に実践させ、見せた通りに出来ているかをフィードバックして、技能や知識を伝えます。

すなわち、伝えたい内容を絞り、具体的なお手本として示すことで見るべきポイントも明確化するため理解を深めやすくなり、それを反復することによってできるようにする。

「見て学ばせる」は、自分が仕事をすることに主眼があり、相手がそこから何を学ぶかは、副次的と言えます。それゆえ、「やって見せる」と比べて、「出来るようになって欲しいこと」はそれほど明確に設定されていません。むしろ、教える相手が仕事を側で見て、そこから自発的に技能や知識を学んでいくことを期待します。

すなわち、全体を見せることが前提で、あえて伝えたいポイントは明確化せず、大切だと感じるものを見つけさせるところから始める。つまり、見ることよりも考えることが一番のポイントになる。

簡単にまとめて言えば、この両者の違いは「教えてできるようにする」という考え方と「考えさせてできるようにする」という考え方の違いになるのだ。

決して相反する考え方ではない!!

だからと言って、この二つの考え方は相反するものとして二極化されるものではない。

なぜならば、“学ぶ”の言葉は“真似る”に由来する。すなわち、模倣することから始めて身に付けることは教育の原点とも言うべきこと。

そして、その結果、ある程度のことができるようになったり、わかったりしていないことには、「見て学ぶ」のレベルには辿り着けない。要は、本人の中にある程度の判断基準を作らないことには、その中から自分にとって必要なことを見つけることもできないからだ。

すなわち、この2つの教え方(学ばせ方)は『教えてできる→考えさせてできる』へと発展していく、どちらかと言えば系統的なものだと考えればわかりやすいと思う。

と考えると、タイトル通り、やっぱりちょっと違うのか?

どちらにしても、みんなはしっかり見て学び、違いに気付けるようになって、いろんなことを身に付けていこう!!そして、こちらは、それがきちんと区別して教えられる先生になろう!!

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