愛心

「愛する心にもいろいろあります」

愛別離苦というのは、愛するものとはいつか辛い別れのときが来るということです。愛する心は煩悩の最たるものだから、仏道修行では断てとか捨てろと言われます。親愛の心や愛し敬うこと、自愛といえばその限りではないので、差別を生む愛を敬遠しているのです。愛する人ができると、愛さない人と区別をするようになるということです。
人を愛したとたんに執着がはじまります。愛する人を失いたくない、愛する人と一緒にいたい。他の人が邪魔になる。皆さん、覚えがあるでしょう。
亡くなった夫が妻への愛を捨てられずにいたが、妻も亡くなった夫への愛を断ち切れずに悲しんでいた。亡夫は僧から「妻のために愛心を断て」と諭されてその通りにし、極楽浄土へ行ったという話が伝えられます。
愛する人のために「愛心」を捨てる。執着しないとはそんな境地も生むのです。

『愛心』=「あいしん」と読むのだそうです。
人を愛する心はとても純粋で、大切なものだと思ってます。
そこからたくさんの力が生まれ、さらに大きな力となって新しい世界を創造することができる。そんな無限の可能性を持ったものだと思っています。
でも禅の世界では…。
愛するものへの執着…。失いたくない、傍にいたい……。
まったくその通りだなと思います。
そこから生まれる嫉妬や憎悪。そして時には自分を見失い、弱い弱い自分が自分自身の中でどんどん大きくなり、自分で自分が制御できなくなってしまう。そうなってしまっては本末転倒ですよね。(苦笑)
愛するからこそ幸せにしたい。
愛するからこそ一緒にいたい。
そんな些細な願い…。とても簡単そうなことだけど、それはとっても難しいこと。
愛する人のために「愛心」を捨てる。
その域に達するのはまだまだ先のようです……。(苦笑)

-代表者ブログ, 禅の教え

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