春来草自生

投稿日:2009/08/22 更新日:

「自然の流れに逆らわず」

その年齢にならなければわからない心境。その時が来なければわからない心境があります。
春が来れば、草は自然に生えてくる。草が自分の意志で生えてくるには、その時を待つ以外にない、という禅語です。
親がどうの、上司がどうの、先生がどうのと言ったって、言われたから仕方なくやっているうちは芽は出ません。本人ひとつも気が入っちゃいない。にこにこしながらやっているのは顔色を窺うからで、嫌なら嫌と言う方がましかもしれません。
自分からやる気にさせるには、その「時」を待つことです。今からやっておけば将来有利だとか、コツを教えてくれれば若くたって修得できるはず、と思うのは拙速。
無理矢理秋に芽を出してみたら、幼いうちに冬が来て、いっぺんに凍えてしまうのが関の山。自然の流れには逆らえません。

『春来草自生』=「はるきたらばくさおのずからしょうず」と読むのだそうです。
子供たちにとって勉強って楽しいことじゃないですよね?
したくもない勉強をいろんな理由をつけられて、半ば強制的にさせられているようなもの。
そんな子供たちを見て、「かわいそうだなぁ…」って思いながら何気にパラパラ禅語の本をめくっていたら、この言葉が目に留まりました。
嫌なら嫌と言えればどんなに楽でしょうね。
世界的に有名な「No!」と言えない日本人。(笑)
私たちはそんな日本人なんです…。(T_T)
ましてや子供たちは、親に育ててもらっている立場。
なかなか簡単に嫌だとは言えるわけないですよね。
もちろん、親やまわりの大人たちがいろいろ言っていることは、子供たちのことを考えてのこと。
基本的には…。
でも、子供たちには子供たちの人格があり、価値観があり、考え方もあって一人の人間として生きています。
大人が言うことを何でも簡単に押し付けることはできないし、大人の思った通りにはなかなか進んでくれません。
子供だから、大人だから、親だから、先生だから…ということではなく、それぞれが一人の人間としてお互いを尊重し、きちんとした対応をすることから始めることが物事をスムーズに進めるために、そしてなにより、人が成長していくためには必要なことだと思います。
ちゃんと子供のことを見て、待って、いつも寄り添っていれば、その子供はちゃんと考え、気付き、自分の足でしっかり歩いてくれるようになります。
子供にはそれぞれの成長の速さというものがあります。
その速さは、得手不得手によっても違うし、興味のある・なしによっても違うし、なにより本人の持っている力によって大きく違います。
みんな同じじゃなくて、みんな違うんです。
子供たちはみんなそれぞれのペースで、少しずつだけど着実に成長しているのです。
でも、親やまわりの大人はみんなと同じであることを望みますよね?
赤ちゃんが生まれ成長していく過程で、生まれてきてくれたことに喜び、初めてこちらの呼びかけに反応してくれたことに喜び、初めて立ったことに喜び、初めて「パパ」「ママ」と呼んでくれてことに喜び、日々の生活の中で一つ一つ新しいことができるようになった成長に喜び…。
その喜びって、ずっと成長を見守り、待ち続けたことで子供たちが与えてくれた喜びですよね。
その頃はちゃんと待ててましたよね?
いつから子供を待ってやれなくなっちゃったんでしょう?
どうして待ってやれなくなっちゃったんでしょう?
たしかにいろんな意味での時間的制約はあります。
その限られた時間の中でやらなきゃいけないことがたくさんあることもわかります。
でも…。
ちょっとだけ待ってみてあげたら、子供たちはちゃんと成長してくれていることがわかるはず。
一緒にゆっくり歩いてみませんか?

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