公立高校の無償化

子供たちが成長するための環境整備をすること自体は大賛成だ。
特に、経済的負担が少なくなることで、本当に行きたい学校に行けるようになったり、本当に学びたいことが学べるようになるのなら最高だと思う。
ただそれは、単に安くすればいいというものではない。
先週の段階で民主党が発表していた内容では、
『民主党は、総選挙で政権交代が実現した場合、来年度からすべての国公立高校生の保護者に授業料相当額として年間12万円を支給し、事実上無償化する方針を固めた。私立高生の保護者にも同額を支給し、年収500万円以下なら倍の24万円程度とする。高校進学率が98%まで達する中、学費を公的に負担すべきだと判断したといい、マニフェスト(政権公約)に盛り込む考えだ。』(7月20日付朝日新聞より)
というものだった。
最初この記事を読んだときは、素直にいいなって思った。
経済的負担が軽減されることで子供たちの高校選択の幅が広がり、高校受験の際に必要以上の競争を強いることがなくなるので、子供たちが少し余裕を持って学べる環境ができるのでは?と思ったからだ。
ただ単に学費が安いから公立という選択肢ではなく、学びたいことが学べるとか学習環境や内容が充実しているからという理由で私立を選択しても今までそこにあった経済的負担は軽減されているので選択しやすい。
選択の幅が広がれば、それに準じて無駄な競争はしなくても良くなる。
もちろん、そうなると逆に人気のある学校の競争は激化しそうだが、そういった状況下で子供たちを受け入れるべき学校側が公立・私立を問わず、“選んでもらえる学校”を目指して、今以上に特色を出す努力をすることでより一層学習環境は良くなる。
学校を選択する際の基準が金額やレベルではなく、特色になればとってもいいことなので大賛成だった。
このときは…。
ところが、昨日の民主党のマニフェストの発表を見ると、内容が一部変更されていて“公立高校の無償化”となっていた。
そうなるとちょっと話が違ってくる。
12万円という国の負担額を考えると、実質的には無償化と変わりはないのかもしれない。
でも、学費を支給して‘事実上無償化’にするのと完全に‘無償化’にするというのではその意味合いはかなり違ってくる。
無償が前面に押し出されてしまうと、そこに「無料の高校or有料の高校」という選択肢が加わり、家庭によっては子供たちが「お金のいらない学校へ行ってね」という保護者の過大な期待を背負わされることにもなりかねない。
逆に無償化されることにより公立の質の低下が懸念され、万が一私立とのレベル差が生まれるようなことになってしまうと、都市部のように私立志向が強まって、公立離れが進んでしまう。
そうなると、中高一貫校を目指した中学受験を目指す家庭の増大や、場合によっては高校受験だけを考えても今以上の競争の激化になり、結局学力至上主義がさらに強まって子供たちの負担増の可能性も秘めている。
加えて、少々金銭的に高くても質のいい私立の学校へ行くことができる一部の富裕層のみがよりよい学習環境を得ることができるようになってしまうと、「親の経済力=学力」みたいな図式ができあがり、違う次元での教育格差を生み出さないとも限らない。
親の立場にしてみても負担増が考えられる。
激化した受験競争への対応や私立への進学等により、学費・教育費の家計における割合増加にもつながることになるので、そうでなくても少なくなりつつあるお父さんのお小遣いはさらに減らされ、少しでも収入を増やそうと不景気なこのご時世に上司にブツブツ言われながら無理矢理残業時間を増やしてみたり、残業が望めないようなら、会社に内緒でダブルワークを始めてみたりして…。
お母さんもパートの時間を増やしたり、家で内職してみたり、家事との両立に負担を感じながらも仕事時間が増大していく。
そんなことしていると、そのうちお父さんもお母さんも、疲れるし、時間に余裕はないし、人間関係は大変だし、ストレスは溜まる一方…。
その結果は、子供たちと親とのかかわりの時間がどんどん減少し、イライラしているから心に余裕を持って子供たちに接することもできなくなるので、子供たちにとって決して望ましいとはいえない環境になってしまう。
完全に悪循環……。
そんなことになってしまったら本末転倒である。
これはあくまで個人的な見解なので、「そんなことはない!!無償化されれば良くなるんだ!!」といわれる方ももちろんいらっしゃると思う。
個人的にもそうなって欲しいと願っている一人である。
でも、現状から考えてそうならないとは決して言い切れないし、どちらかといえばその可能性の方が強い気がするので心配なのだ。
子供たちの教育は、決して政治家のパフォーマンスの材料にしていいものではない。
お互い足の引っ張り合いをしてイス取りゲームで勝ちたいのなら他でやってくれ!!
今回の選挙で政権交代したら、来年度から…なんて言っているが、急激な変革は、必ず大きな歪みを生み出し、どこかで破綻を来す。
いつだって犠牲になるのは子供たち…。
子供たちはこの国の未来を担っていく大切な宝物。
子供たちがきちんと自分で考え、行動できるように育っていくことこそ、この国がより良い国になっていくために必要なことであり、それなくして国がいい方向に進めるわけがない。
一人一人の子供がその子のいいところを目一杯伸ばしながら、その子の成長のペースに合わせてゆっくり学ぶことができる環境や制度がしっかり確立された社会。
そんな社会になることを切に願う…。

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