ある医療系マンガの中で読んだことがあるけど、医師がレントゲンを見て病気を判別するための一番大切な基準はまったく病気のない健康体のレントゲンイメージがきちんと頭の中に構築されていること。
すなわち、正しい姿がきちんとわかっているからこそ、そこから外れる(病気を有する)レントゲン写真を見て病気に気付けるのだという。
素人考えだと、数々の病気を有するレントゲンを判例として見ることでそれを知ることが必要なように感じられるが、この説明を見たときに「なるほど!!」と納得した。
きちんとした基準が明確に確立されているからこそ、そことの細かい違いを見分けることができる。
結局、本来の正しい姿を知ることが、結果的にたくさんの違いを見極められるようになるための近道ということなんですよね。
これっていろんなことに置き換えて考えることができるし、もちろん教育に関してもこれはそのまま当てはまると思う。
それぞれの分野が本来しなければいけないことをきちんと行なったり、子どもたちに伝えるべき立場の大人たちが正しい姿を見せることで、子どもたちをきちんと教育し、育てることができるんじゃないのかな?って思う。
高校や大学がその教育課程の中で伝えるべきことをおざなりにしているとまでは言わないけど、本来の指導内容よりも大学進学や就職試験・採用試験対策に時間を費やし、ある種“予備校化”してしまっている現状も然り。
それで受験や試験そのものは合格になったとしても、本来学ぶべきことがきちんと学べていなければ本末転倒のような気がする。
その教育課程を受けた子どもたちはそれをあたり前として捉え、『結果がすべて』的な考え方に陥らないとも限らない。
実際、そんな考え方をした子どもたちや学生は少なくない。
学ぶべきことを学ばず、結果至上主義で育った子どもたちが現場に立つという恐ろしさ、そして社会という荒波の中で自分を見失うことなく生き抜いていく力が養えているのか?等を考えた時に明るい日本の未来は見えてこない。
教育だけではなく、いろんな分野で、そして何より子どもたちの規範となるべき大人たちが本来の正しい姿を取り戻すことがなにより大切であり、日本を正しい道へと引き戻すために必要なことだと思う。
なんて偉そうなことを言いながら、まずは自分自身が襟を正し、自分を振り返り反省しないといけないことはわかっているのだが…。(苦笑)