優しさのカタチ

認めてあげる。

受け入れてあげる。

許してあげる。

手助けしてあげる。

守ってあげる。…etc

人が人に対する接し方の中で、優しさを示すカタチにはいろんなものがある。

でも、本人の成長につながらなかったり、将来的に本人が苦労するようなことになったりという可能性があるのに、そこに目を向けることなく、優しくする。あえて優しくするという言葉を使ったが、もっとキツイ言い方をすれば甘やかしてしまう。意図している、意図していないに限らず、人と人との関係性の中で起こること。

実際、それは本人にとって、本当の意味での優しさなのだろうか?

そんな優しさを受けた人は、その時は苦しい思いや嫌な思いをしなくていいので、その優しさにありがたさを感じたり、喜んだりするであろう。その人にとっても一時的にはいいことなのかもしれないが、長い目で見たとき、その人にとって本当にそれがいいことなのか?

自分の経験上、答えは『No』だと思う。

厳しく接する。

突き放す。

怒る。

違う道を促す。…etc

一見、優しさとは真反対ともいうべき対応。受けた本人は、もちろん決してうれしくないだろうし、ショックだろう。その時は、その人のことを恨むこともあるだろう。

でも、そういう対応をしてもらったことで、いつかその先の未来に置いて自分がもっと大きく成長するチャンス手に入れられたり、損失を被ることを回避できていたり、必要ない苦労をせずに済む人生を歩めていたりできていたんだということに気付けたとき、ようやく、そのときに受けた本当の優しさの意味を知ることができるだろう。

もしかしたら、本人は一生気付くことがないかもしれないが、知らないうちに、それが回避できていたとしたら、それでも十分に意味のあることだとも思う。

目に見える、気付けるものだけが優しさではないし、優しさのカタチもいろいろある。

そして、優しさの示し方も伝え方も届け方もいろんなカタチがある。

子どもたちに対しても、若い世代の人たちに対しても、教育に携わるものとして、また人生の先輩の一人として、教え、伝え、示していきたいし、それができる人間でありたい。

-代表者ブログ, 教育について, ひとり言

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