道徳の教科化

投稿日:2013/10/17 更新日:

『道徳』。
小学校や中学校時代、あったのかなかったのかよくわからなかったような教科だし、何を勉強したのかもあまり覚えていない。
だからもちろん、その必要性なんて当時は微塵も感じていなかった気がする。

大人になり、教育に関わる仕事をするようになって、改めて考えてみると道徳はすごく大切なものであるということはよくわかるようになった。
ただ、わかったこととそれが備わっているかということはまったくの別問題で、道徳からは大きくかけ離れた人間であることは否定できないが…。(苦笑)

でも、ここ数年~10数年ぐらいの間で、特に"若者"と呼ばれる世代の道徳心の欠落は非常に大きくなっているのを道徳心の無い人間でも感じている。
そして、その世代がどんどん親の世代になって子育てをしているのだから、その環境で育てられた子どもたちに足りないと指摘されてもいささか仕方なさを感じてしまうのは私だけではないはず。

そんな状態に歯止めをかけようと、文部科学省が出した方向性は道徳の教科化。
2015年度を目途に、道徳を特別の教科として授業に盛り込むというのだ。

「それをしたからといってどうなるの?」ってのが正直なところだが、国としては「しないよりはした方が…」的ないつものパフォーマンスをするしかないだろう。
そもそも、「これまでも授業の中で行なっていたはずのものを今さら"教科"にするってどういうこと?」「道徳って"教科"じゃなかったの?じゃあ何?」って人のためにそのあたりの解説を…。

教科は一般的に、〈1〉免許を持った専門の教員が〈2〉教科書を用いて指導し〈3〉数値などによる評価を行う――とされる。(読売新聞配信記事より抜粋)

教科ではないが、現状、道徳については学習指導要領で週1回の授業が義務付けられている。
しかし、教科ではないため上記の条件を満たす必要がないため、専門性は関係なく担任が授業をすることが多く、もちろん、通知表に『道徳』って評価の欄があるわけではない。
だから、行事等の関係で削られる授業の代表格だろう。
ってか、専門性というか道徳の免許なんてないんだから、教科にするにあたってまずはそこをどうやってクリアするの?って単純な疑問点。

それについて調べてみると、文科省からは「特定の教員免許は創設せず、研修を受けた上でどの教員も教えられるようにする。」という発表がなされている。
すわなち、今さらその免許をもったたくさんの教員を養成するだけの予算や時間はないから、研修を受ければ誰でもが教えることができるというこれまた形式上?って感じの対応で済ませるみたい。
言っていることはもっともで大事なことを言っているが、それに対してやっていることが整合性がないため、突っ込みどころ満載の改革。
そんなことばっかりやっているから支持が得られないというか信頼関係がきちんと構築できないんじゃないのかなぁ…???

教科書には、これまた大人の都合で、教科書会社に作成に時間がかかるからという理由で暫定的に現在利用している『心のノート』を使うという話になっているみたい。
そんなところすら、「どうしてそんな中途半端なの?」って思ってしまう。
もっと計画性を持って進める、もしくは教科書の選定も合わせて時期を決めるってことができないものだろうか?
形式上、取り組みをしているポーズを見せるために、前倒しで適当に始める感が否めない。
ただ、この『心のノート』に関しては、特に中学生用の3学年分を結構読んだが、かなりよくできているというか取り上げられている内容も良かった気がする。
そういった意味では、そのままこれに少し手を加えて教科書として採用してもいいような気もするが、そのあたりは教科にするという関係上、そんなに単純ではない大人の事情があるんだろうなぁ…。

そのあたりも踏まえて、『道徳』という概念がすごく大切な内容であると同時にそれを伝えることは非常に難しいものであることから、今後どういう展開になるのか見守りたいところではある。
加えて、「教科化して教えて終わり」なんてことにならないように、やる以上きちんと子どもたちに伝えることができる内容ややり方をきちんと構築してもらいたいものである。

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