教育は誰のためのもの?

大阪での教育関連の問題が大きくなってますね。
「大阪維新の会」が出した「教育基本条例案」に対して、大阪府教委の教育委員が反対の姿勢を表明したことで、自体は一気に対立ムードに…。
いろんな記事を読んでみると、すべての人が反対しているわけでもないし、その内容に関しても賛否両論いろんな意見が出ていることがわかる。
個人的には政治の世界はよくわからないし、わかりたいとも思わないので、教育の世界に政治が介入することの良し悪しはどうなのかという判断はつかない。
それでも、内容を見ているとそれなりに思うところがある。
例えば、君が代の起立斉唱などの義務化を後押しするような制度はどうかと思うし、なにより知事や市長が学校の実現すべき目標を設定するなんてことが本当にきちんとできるの?って思ってしまう。
でも、校長・副校長の公募や校長に人事権や教科書採択権を与えるというのは、本当に教育のことを考えてくれる校長先生への期待が高まる反面、権限の一極集中は大きな危険因子になると思う。
ただ…。
教員(公務員)というだけで必要以上に身分保障がされることもどうなの?と思うことが多々あるため、きちんとした制度の下にある程度の権限を持った人間(機関や組織)による“罷免権”も必要なんじゃないかと思う。
全国的に病気や精神的疾患を理由に長期休暇している教員は数万人に上る。
その多くは体調の関係で仕方のない人たちなのかもしれないが、中にはその制度を悪用しているのでは?と感じるような人もいる。
そういう人に対してはある程度厳しい対応も必要ではないのか?
だって、そうやっている人のおかげ(!?)でしわ寄せを受けている他の教員の方がたくさんいるし、なにより保障されるべき学ぶ権利をきちんと保障してもらえない子どもたちに対する責任が果たせていないことになるのだから…。
教育は間違いなく、学ぶ権利を持った子どもたちのためのものであり、そこが一番守らなければいけないところ。
そこを後回しにして他のものが守られる制度なら変えることは必要不可欠だ。
子どもたちのためになる、本当の教育現場を…。

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