『教える』ということ

投稿日:2008/06/12 更新日:

最近、自分が先生と生徒の立場の両方を経験しながら、改めて『教える』ってことは難しいなぁ…って考えさせられます。
そして、ただ単に『教える』ということと、『分からせる(理解させる)』ということの大きな違いについても考えさせられました。
大学の講義を受けてて思うことですが、同じ『教える』と言っても、どちらかといえば“伝える”と言った方が正しいのかな?って感じます。
学問として、専門性の高いいろいろな知識やデータ、実践理論などを先生方は“伝える”ことに終始し、学生の側がそれを受け取る。
自分自身の中に、「学ぼう」「理解しよう」という気持ちをきちんと持っていないと大変…。一気に置き去りにされてしまいます……。
『教える』ことは教えるけれども、『分からせよう(理解さえよう)』とはしない。まったくしないということではなく、もちろん分からせるつもりで教えてはいるのだろうけど、必要以上にそこに力を注がないというか、噛み砕いてまでは教えようとしないっていうこと。
出来るだけ多くの情報提供に終始し、「分からなかったら誰かに聞いて分かるようにしなさい!!」だって…
みんなが分かったから先に進もう!!ではなくて、もう伝えたから先に行くよって感じで、どんどん進んでいくんです。
先週受けたテストが返ってきました。正直、散々な結果でした…。
先生は一生懸命教えてくれています。でも難しいんです。
自分なりに「学ぼう」「理解しよう」という気持ちはきちんと持っているつもりです。でも頭悪いからなかなか理解できなくて…。それなりに理解しているつもりだったけど全然分かってなくて……。
単位まずいかもです…… マジで泣きそうです……
それはさておき、改めて『教える』ということについて考えてみると、いくつかのタイプに分類される気がします。
①伝える型
これは先述の通り、大学を中心とする、より高度な学習環境における指導の方法。ただ、気を付けなければいけないのは、生徒の年齢層が低い学習環境における先生であっても、このタイプがいるということ。伝えただけで教えた気になっている先生。子供たちにとっては最悪の先生のような気が…。
②手を差し伸べる型
一見、すごく優しい先生に見えます。とっても献身的で一生懸命。傍から見れば最高の先生。でも…。
時として度が過ぎると、子供の手や足、さらには頭の代わりをしてしまっていることもあるんですよね。“過保護”“過干渉”状態。それでは、子供たちは本当の意味で成長しないっていうか出来ないこともあるのかなぁって思ったりして…。
③静かに見守る型
一歩下がった位置で、いつもちゃんと子供たちのことを見てくれてます。時には声をかけて伝えてくれ、また時には優しく手を差し伸べてくれます。でも大半は静かに見ているだけ…。
でもそれにより、子供たちは“安心”して自分らしくがんばることが出来ます。自分自身の力でがんばり、自分自身で身に付け、成長していきます。振り向くと、そこには自分に力を与えてくれる人がいるって感じかな…。
④一緒に歩む型
子供たちにとって一種の“相棒”。隣にいるから必要に応じて声を掛けてくれます。必要なときには手を差し伸べてもくれます。普段は横で静かにニコニコ見てくれています。そして何より、いざというときには一緒に笑い、泣き、喜び、悲しみ、自分と思いを共有し、共感してくれます。
子供たちにとってこれほど力強い味方はいないんじゃないかな?いつも隣にいるから、「自分は一人じゃない!!」って思える“安心感”。すごく大事なことだけど実際どこまで出来るのかな?ってのがちょっと疑問…。
これって、ただ単に教育の場における『教える』ということだけに限ったことではなく、人が人とどうやって関わるかという見方からすれば、子育てや恋愛に関しても同じこと言えるのかな?って思ったりします。
例えば、今にも石に躓いて転んでしまいそうな子供がいたらあなたならどうしますか?
①のタイプの人は、「そこに石があるよ。」ってアナウンスするだけ。そんなタイプの人に限って転んだ後に「だから言ったでしょ!!」なんて怒り出すんですよね…。まさに踏んだり蹴ったり……。
②のタイプの人は、すぐに手を出して転ばないように支えてくれます。ときには目の前の石をよけてくれます。おかげでケガはしなくて済みます。たしかにケガはしないけど…。自分の力でそれを避ける力は身に付かないような気が…。
③のタイプの人は、ギリギリまでずっと見てくれてます。最初にアナウンスしてくれ、ギリギリまで見守ってくれて、どうしてもダメだと判断したら手を差し伸べて助けてくれます。気付きや学びを与えてくれ、なおかつ守ってくれるのでケガもしない。一番理想的な感じかな?
④のタイプの人はというと、アナウンスをしてくれます。必要に応じて手を差し伸べてもくれます。ずって見ててくれます。そして最後に一緒につまずいて転んで、一緒にケガをしてくれます。痛みを共有してくれるんです。転んでしまったという経験、痛みという感覚。子供たちの成長にとって大切なものをきちんと体感させてくれます。でも一人ぼっちにしないで、一緒に泣いてくれるという安心もくれます。
でもちょっと荒っぽいから、人によっては受け入れ難いタイプかな?
あくまで、私個人の主観によるタイプ分けだし、個人の主観における意見であるということを理解して、あまり深いツッコミはしないように!!(笑)
自分自身の理想であり、目指すところはやっぱり④のタイプかな?
これって、“金八先生”タイプなのかな?
自分が一番大好きで、尊敬し、憧れている恩師のI先生もこのタイプのような気が…。こっちが勝手にそう思ってるだけで、本人には全然そんな気がないのかもしれないけど…。(笑)
自分なりの『教える』ということの形を身に付けたいと思います。
あくまで自分の理想の形にこだわるので、すべての人に受け入れられることはないかもしれないけど、それも自分のスタイルを貫きたいと思います

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