自分を正当化する言い訳

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今日のタイトル見て「今、世間を騒がしているあの話か…」と思われた方も多いかと思います。

今、いろんな意味で注目を集めている話であることは間違いないし、実際、今日久々に顔を出していたショップの代表者の方とも少しそのことについて話をしたりもしました。その方も私も専門は体育で、その方は子どもたちにバスケットボールの指導をされています。だから、スポーツをする人間として、また指導をする人間として、この件についてはいろいろ思うところがあるわけです。

ただ、別段、ここでその内容に触れるつもりはなく、最近(に限った話ではないですが…)気になっていることと内容がリンクするので、子どもたちに身に付けて欲しいというか気付いて欲しいことについて少々書いてみたいと思います。

約束を守れなかったのは誰?

教室での子どもたちの言動や保護者との関係性、両者を含めた我々教える側との関係性の中で、目指しているところや求めているところは同じはずなのに、ズレが生じることが多々あります。その一番のポイントは、勉強するということが子どもたちにとって、自分のためにしていることであるという根本的な認識です。

もちろん、勉強が好きで、やりたくてやっている子はほとんどいないので、その認識をきちんと持ち、それに対して自己を律しながらがんばるということ自体、とても大変なことであり、難しいことであるということはわかっています。

でも、その嫌な勉強から逃れるためであったり、逆に遊びやゲームなどの自分がやりたいことをやるためだったりといった場面で、子どもたちの口から出る言葉が、非常に気になります。

約束を守れずに怒られた時、それに対して、出てくる明らからに不自然な理由と、自分は悪くないと言わんばかりの言い訳。いくら言葉を重ねて自分を正当化しようとしても、そもそも約束を守れなかったことやそれに向けてがんばれなかったという事実はまったく変わりはしないし、そんな言い訳が大人に通用するわけない。言うなれば、その過程の中で起こっている真実はたった一つだけなのだから、それをいくら言葉で捻じ曲げようとしたり、正当化しようとしたりしたところで、それはいろんなところから破綻するのが必定。子どもたちはまだまだそこがわかっていない。(子どもたちだけじゃなく、大人にもいますが…。苦笑)

きちんと受け入れて、変わろうとする気持ち

自分が悪かったことは棚に上げて、そのことを認めない、受け入れない。そもそもそうなった理由はお父さんやお母さんだったり、先生だったりといった自分を正当化する言い訳をし、現実から目を背けようとする。場合よっては、それを意図してしているわけではなく、本当にそう思っている子もいる。

怒られた根本的な原因は何なのか?

そこに至った問題点は何なのか?

本当に改善すべき点は何なのか?

そこをきちんと受け止め、理解し、変えることなく、自分を正当化する言い訳をどれだけ重ねても事態は好転しないし、自分の未来には繋がらない。最終最後に、自分自身が損をするようなことになっては何の意味もないのに…。

悪いことや失敗をしてしまうことは誰にでもあること。それをやめましょうなんて話じゃないし、それが無理なことはわかっている。勉強が嫌なこともちゃんと理解している。

こんなことを偉そうにここに書いている自分も、人並み以上にたくさんの悪いことや失敗をし、いつも自分を正当化する言い訳を言ってきたし、何とかして勉強から逃げようとしてきた人間。だからわかることもたくさんある。

それは最後に自分を助けてくれる手段ではないし、そこからプラスになることは何も生まれてこない。

本当に大切で子どもたちに身に付けて欲しいこと、気付いて欲しいことは、きちんと“認める”ということ、そして、他の誰のためでもなく“自分のため”にやっているんだということをちゃんと理解するということ。

とっても難しいことだけど、だからこそ、そのことを子どもたちにしっかり伝え、身に付けて欲しいと願っている☆

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