ASD(自閉症スペクトラム)の特性理解と配慮について

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5月9日付山陽新聞デジタルの配信記事に、ASD(自閉症スペクトラム)に関する旭川荘療育・医療センターの精神科部長による寄稿文がありました。具体的事例を元に、特性理解と配慮の必要性について非常にわかりやすい内容だったので、ちょっと長くなりますが、そのまま抜粋してご紹介させていただきます。

ASDに関する特性理解や配慮等の知識については、対象が子どもたちだけではなく、最近よく話題になっている大人を対象とした場合も基本的には同じため、職場や周囲で困っている人がいたり、気になる人がいたりする場合も何かのヒントになる情報だと思うので是非読んでみていただきたいと思います。

(※本ブログにて使用している『ASD(自閉症スペクトラム)』という記載と、抜粋本文中の『自閉スペクトラム症』という記載の違いは、米国精神医学会による『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』の最新版(DSM-5)の『autism spectrum disorder(ASD)』の日本精神神経学会の新しい訳語によるもので、「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」と併記されている、同義のものです。)

幼児期に自閉スペクトラム症(ASD)と診断され、就学まで療育を行ったBさんはおとなしいタイプです。小学3年生の1学期、急に学校に行きたくないようなことを口にしました。心配したお母さんは臨時的に病院を受診すると、<一斉指示や複数指示が理解できず、何をしたらよいか分からないまま困っていた>ことが分かりました。担任の先生にも診療情報を提供したところ、すぐに共通認識が持て、視覚的見通しを持たせながら個別的な指示をすることの必要性について再確認されました。今、Bさんは楽しく学校生活を送っています。

ASDは「多くの人と違った見方・考え方・感じ方・人との距離のとり方をする」脳機能タイプです。それ自体は病気ではないので治すものではなく、「タイプ」の程度は年齢とともに減ったり増えたりするとは限りません。


しかし例えば、もし「〇年生になったから、視覚的なスケジュール提示に頼らず、自分で考えてがんばろう」「□年生なら、~くらいできるはず」など、年齢や「みんな」の基準にあてはめてしまうと、子どもたちは不安になり、それが気づかれないまま続いていくと、自信が持てず頑張れない、落ち着かない、そして不登校やうつ状態など、いわゆる二次障害につながることもあります。

そのために理解と配慮が必要なのです。配慮は<特別扱い>ではありません。特性を理解し、その子どもに合った合理的配慮を行い、子どもたちが過ごしやすい環境を作り、成功体験を引き出していくことは周囲の大人の役目であり責任です。2016年4月施行の障害者差別解消法により、合理的配慮を可能な限り提供することが行政、学校、企業などに義務付けられました。

Bさんは<一見>学校適応がよかったこともあり、学年が上がるにつれ、特性理解や配慮が少し忘れられていたかもしれません。しかし幼児期からさまざまな支援者と相談してきたBさんのお母さんは早目に動き、学校の先生も速やかに理解・対応、二次的問題が起こる前にその<芽を摘む>ことができました。

早期発見・早期支援は大切ですが、広い意味での支援は早期―幼児期だけで終わりません。子どもたちは幼児期から学童期、思春期を経て成人期へと成長し、いろいろな環境に置かれます。見守るだけでよい時期も、ときには積極的に介入した方がよい時期もあるでしょう。少なくとも大人になるまでは、見守り、適宜介入する、というスタンスが大切です。

そして支援は、病院だけでは完結しません。支援の中心を担う分野は年代により母子保健、福祉、教育、労働などいろいろです。Bさんの場合も家庭と病院と学校との連携した支援が実現しました。

なお支援は幼児期から行われていなければ<手遅れ>というわけではありません。小学生そして大人になっても、分かった時点からの支援は可能です。近年はとくに大人の発達障害・ASDの支援体制も整ってきています。

ASDは、「みんなと違う」タイプである一方で、もはや特殊でもまれではなく、ありふれています。診断に至らないASD傾向をもった人も含め、この子ども・人たちが過ごしやすいよう、地域・社会レベルで理解・配慮していくことは、個性または特性を認められ、生かされることとなり、それはその地域・社会の成熟につながっていくでしょう。

本文の中にも書いてありましたように、ASDは「多くの人と違った見方・考え方・感じ方・人との距離のとり方をする」脳機能タイプのことであり、それ自体は病気ではないので治すものではないということが一番大事なポイントだと思います。

ASD(自閉症スペクトラム)に限らず、発達障がい全般に対して、どうしても『障がい=病気』のような認識がなされていると思いますが、あくまで特性の一つであり、それは教育現場でよく言われる個性でもあります。

また、システム上、ある程度は仕方ないとはいえ、一人の子の成長段階を年齢により輪切りにして考えることが多いため、配慮や支援が途切れがちになってしまったり、その基準で考えるので「遅れている」とか「できていない」と考えられたりしがちです。

一定基準で考えたり、他人と比較するからそういうことが起こるのであって、一人ひとりをきちんと見て、その子自身の中での成長として捉えてあげられれば、早さの違いはあれ、どの子もちゃんと成長していることがわかるはずです。

ちょっとした理解と配慮で、本人と周囲の人との双方の世界はきっと大きく変わります。

みんなが“知る”という小さな一歩から始められるといいですね☆

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